函館地方裁判所令和元年(ワ)第202号

裁判データ

  • 函館地方裁判所令和元年(ワ)第202号 保険金請求事件
  • 令和3年5月25日判決
  • 出典:自保ジャーナルNo.2102

判旨

  •  Aは,自社のメインバンクに訪問する予約を入れたが,当日,自宅を出た後,メインバンクにも自社にも向かわず,自動車(本件車両)で港に向かい,港に面した道路から歩道を越えて約30メートル弱進んだ岸壁から更に15メートル離れた地点から,海中に転落した。
  •  岸壁の手前には車両転落防止用の鉄製ポールが立てられ,その間にはロープが張られていた。
  •  上記ロープは破断しており,鉄製ポールは海側に向けて傾き,本件車両は岸壁とおおむね直角の方向にヘッドライト側を海側(本件転落地点側)に向けて沈んでいたこと等を総合すると,本件車両は本件敷地に侵入した後,海側に直進して車両転落防止用のロープを破断し,これに伴いポールを押し傾ける形で海中に飛び込んだことが推認される。
  •  本件事故発生が午前中のことであり,海側の視認状況を妨げる事情はないのに,車両転落防止用ポールから岸壁まで5メートルの距離の中で急制動を講じた形跡がなく,本件車両の車体底部等には岸壁との接触や衝突による擦過損傷はなく,しかも,岸壁から転落地点までの距離は約15メートルという比較的長い距離があったことに照らすと,Aは,岸壁までの進む間,ブレーキをかけるなどしてためらうことなく相応の速度を出したまま本件車両を岸壁から海側に突入させて水没させたと認めるのが自然である。
  •  本件車両が発見された当時,Aはシートベルトを着用したままであったことや,運転席側のフロントガラスを破るなどして脱出を試みた形跡が認められないことを併せ踏まえると,Aは,本件車両が海中に沈みつつある中で,運転席に座ったまま,海水溺水による窒息により死亡したと認めるのが自然である。
  •  保険会社の職員によるイベント・データ・レコーダー(EDR)の分析結果は,本件車両が岸壁の手前約16.9メートルの地点で一旦停止し,その後アクセルペダルが踏まれて時速約30キロメートルまで加速して転落したもので,居眠り運転や脇見運転,ペダルの踏み間違えなどの運転操作の誤りといった一般的な事故の要因とは考え難く,運転者が自らの意思で本件車両を操作していたと考えられる旨をいうものであるところ,これは,本件車両に搭載されたEDRに記録された数値を踏まえ専門的知見を活用して解析した結果導き出されたものである上に,上記転落までの機序等の客観的事情とも整合するから,その信用性を肯定できる。
  •  Aが経営するB社は,本件事故当時,金融機関に対する返済の原資が不足しており,AにはB社に返済の原資となるべき資金を貸し付けることが不可能であり,また,B社は近い将来に売上の柱であった賃料収入を失うのみならず,新たに敷金1000万円の返還義務を負うことになったことは明らかであって,A自身も経済的に破綻に陥る危機に直面し,Aはそのことを認識していたから,Aには,本件事故を惹起することにより多額の保険金の給付を受けるだけの動機があったと認められる。
  •  以上の事実によれば,本件事故はAが自らの意思に基づき惹起した事故であり,その故意によるものであると認められる。
  •  本件人身傷害特約,本件積立傷害保険契約及び本件傷害保険契約の各約款が定める「急激かつ偶然な外来の事故」は,発生した事故が偶発的な事故であることを各約款所定の保険金請求権の成立要件とする趣旨であると解されるところ(最高裁平成10年(オ)第897号平成13年4月20日第二小法廷判決・民集55巻3号682頁参照),本件事故が偶発的な事故であるということはできない。

コメント