裁判データ
- 東京高等裁判所平成28年(う)第1719号 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律違反被告事件
- 平成29年2月24日判決
- 出典:東京高等裁判所判決時報刑事68巻1~12号43頁,判例タイムズ1440号159頁
- 評釈:名城ロースクール・レビュー44号103頁
判旨
- 原審判決は,DV防止法10条に基づき,被告人の配偶者の子の住居,就学する学校その他その通常所在する場所の付近をはいかいしてはならない旨の保護命令を受けた被告人が,校長宛ての手紙を手渡すために当該子が就学する学校に赴き,学校の建物の一画で,短時間,学校関係者と面会等をして立ち去った行為が,その手紙の内容からすると,本件当日に校長に伝えなければならない必要性・緊急性は認められないほか,その方法についても,長男の学校に赴く以外の代替手段は存在し,それを被告人に強いたとしても過度に被告人の行動を制約することになるとは考えられないことから,正当な理由を認めることはできず,保護命令によって禁止される「はいかい」に当たると判断した。
- DV防止法10条が,保護命令の内容として,配偶者からの暴力の被害者本人に対する接近禁止命令に加え,一定の要件の下で,子に対する接近禁止命令を発令すべきこととした趣旨は,原判決も指摘するとおり,被害者に対する接近禁止命令の効果が減殺されることを防ぐことにより,被害者本人の身体に対する更なる暴力を防止することにあると解される。すなわち,DV防止法は,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図るために制定されたものであり,同法10条の保護命令も,同目的を実現するための手段・制度として設けられ,その実効性を担保するために保護命令違反につき罰則が設けられたものである。
- また,「はいかい」の字義は,「どこともなく歩き回ること,ぶらつくこと」(広辞苑第六版),あるいは「目的もなく,うろうろと歩き回ること,うろつくこと」(大辞林第三版)などとされ,DV防止法案の国会審議等においても,上記字義に沿った説明がされているところ,DV防止法10条の前記趣旨,目的に照らせば,子に対する接近禁止命令は,被害者の子の身辺につきまとうことのように,それによって被害者に配偶者との面会を余儀なくさせるような行為を禁じたものであって,前記用語の字義からしても,DV防止法10条3項及びこれに基づく子に対する接近禁止命令における「はいかい」とは,理由もなく被害者の子の住居,就学する学校その他通常所在する場所の付近をうろつく行為,をいうものと解するのが相当である。
- そうすると,子に対する接近やこれを手段とした被害者への接近の目的がある場合は格別,それ以外の目的で,子の通常所在する場所の付近に赴き,当該目的に必要と認められる限度で同所に所在する行為は,「はいかい」には当たらないというべきである。
- 本件公訴事実は,校長宛ての手紙を手渡す目的で,本件学校
を訪れ,正門から敷地内に入り,エントランスロビー内で上記手紙を教頭に渡した
後,教頭に見送られて,本件学校を後にするまで約8分間にわたり本件学校の敷地内
に所在したというものである。 - 上記手紙の内容は,本件保護命令に対する不満を背景に,長男の人格形成上,父子間の交流の継続が重要であるとの考えを示し,長男の最善の利益を実現する方策について,学校に出向いて校長に相談したいなどとするものであるが,直ちに長男と会わせるよう求めるものではなく,手紙を渡したり,校長と面談したりすることを口実に,長男を連れ戻そうとし,あるいは,そのことを通じ,妻が面会を余儀なくされる状況を作出しようとする目的もうかがわれず,また,手紙を持参した際,正門から敷地内に入ると直ちにエントランスロビーに向かい,同所で教頭に上記手紙を渡すと,同人らに正門まで伴われ,そのまま本件学校を後にしており,その間,周囲を見回すなどする様子を一切見せることもなく,本件学校の敷地内にいた時間も約8分間で,上記手紙を渡すために必要な時間にとどまっていることに照らすと,被告人が,本件学校を訪れた目的は,上記手紙を渡すためであり,被告人に上記以外の目的が存在したと認めるに足りる証拠もなく,かつ,上記行為は,上記目的に沿った短時間の行動であったといえるから,上記行為は,「理由もなく長男の通常所在する場所の付近をうろつく行為」には当たらず,本件保護命令で禁止された「はいかい」には該当しないものというべきである。
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