裁判データ
- 最高裁判所平成24年(受)第651号
- 平成25年4月16日第三小法廷判決
- 出典:最高裁判所民事判例集67巻4号1049頁
- 評論:最高裁判所判例解説民事篇平成25年度211頁,渡部佳寿子著「弁護士の依頼者に対する損害賠償責任」(判例タイムズ1431号39頁)
判旨
- 事案の概要
- 弁護士であるYは,Aから債務整理を受任した。
- 引き直し計算の結果,B及びCに対する元本債務は残っていたが,D,E及びFに対しては過払金が発生していることが判明し,3社に対して過払金返還請求訴訟を提起して,和解により合計159万6793円を回収した。
- Yは,上記3社から回収した過払金により,2社に対する支払原資を確保できたものと判断し,2社に対して,「ご連絡(和解のご提案)」と題する文書(「御社がこの和解に応じていただけない場合,預った金は返してしまい,5年の消滅時効を待ちたいと思います。」,「訴訟等の債権回収行為をしていただいても構いませんが,かかった費用を回収できない可能性を考慮のうえ,ご判断ください。」などと記載されていた。)を送付して,元本債務の8割に当たる金額(30万9000円及び9万4000円)を一括して支払う旨の和解案を提示したところ,Bは上記の内容による和解に応じたが,Cはこれに応じなかった。
- Yは,Aに対し,回収した過払金の額やCに対する残元本債務の額について説明したほか,Cについてはそのまま放置して当該債務に係る債権の消滅時効の完成を待つ方針(「時効待ち方針」)を採るつもりであり,裁判所やCから連絡があった場合にはYに伝えてくれれば対処すること,回収した過払金に係る預り金を返還するがCとの交渉に際して必要になるかもしれないので保管しておいた方が良いことなどを説明した。
- その頃,Yは,Aに対し,「債務整理終了のお知らせ」と記載された文書(Cに対する未払分として29万7840円が残ったが消滅時効の完成を待とうと考えているなどと記載されていた。)を送付した。
- Yは,平成18年8月1日,回収した過払金合計159万6793円から過払金回収の報酬47万9038円及び債務整理費用30万円の合計77万9038円並びにBに支払った和解金等を差し引き,残額の48万7222円から振込費用を控除した残金をAに送金した。
- Yは,平成21年4月24日,Aに対し,消費者金融業者の経営が厳しくなったため以前よりも提訴される可能性が高くなっており,12万円程度の資金を用意できればそれを基に一括して支払う内容での和解交渉ができるなどと説明したが,Aは,Yが依頼者から債務整理を放置したことを理由とする損害賠償請求訴訟を提起されたとの報道等を受けて,Yによる債務整理に不安を抱くようになり,同年6月15日,Yを解任した。
- 判断
- 本件においてYが採った時効待ち方針は,CがAに対して何らの措置も採らないことを一方的に期待して残債権の消滅時効の完成を待つというものであり,債務整理の最終的な解決が遅延するという不利益があるばかりか,当時の状況に鑑みてCがAに対する残債権の回収を断念し,消滅時効が完成することを期待し得る合理的な根拠があったことはうかがえないのであるから,Cから提訴される可能性を残し,一旦提訴されると法定利率を超える高い利率による遅延損害金も含めた敗訴判決を受ける公算が高いというリスクをも伴うものであった。
- また,Yは,Aに対し,Cに対する未払分として29万7840円が残ったと通知していたところ,回収した過払金からYの報酬等を控除してもなお48万円を超える残金があったのであるから,これを用いてCに対する残債務を弁済するという一般的に採られている債務整理の方法によって最終的な解決を図ることも現実的な選択肢として十分に考えられたといえる。
- このような事情の下においては,債務整理に係る法律事務を受任したYは,委任契約に基づく善管注意義務の一環として,時効待ち方針を採るのであれば,Aに対し,時効待ち方針に伴う上記の不利益やリスクを説明するとともに,回収した過払金をもってCに対する債務を弁済するという選択肢があることも説明すべき義務を負っていたというべきである。
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